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歴史民俗資料館

旧軍馬補充部白河支部事務所 西郷村指定重要文化財(西郷村指定第8号)

西郷村歴史民俗資料館は平成4年(1992)に、村の歴史的・民俗的資料、また軍馬補充部関連の資料の収集、保存、研究、活用を目的として開館しました。

資料館の建物は昭和10年(1935)に軍馬補充部白河支部事務所として建設され、終戦後軍馬補充部が解散すると、様々な団体の事務所として利用され、現在に至ります。

軍馬補充部

軍馬補充部軍馬補充部とは軍馬(戦争に使う馬)を育てたり、軍馬を放す牧場を作ったり、軍馬のえさや野菜を作ったりする機関として陸軍によって設置され、本部を東京に置き、昭和17年当時、川上・釧路・十勝・根室(北海道)・三本木(青森県)・白河(福島県)・高鍋(宮崎県)・雄基(朝鮮)に支部が置かれました。

白河支部は明治30年(1897)に西郷村小田倉に設置されました。白河支部には支部本部以外に鍛冶谷沢派出部(宮城県玉造郡川渡村=現宮城県大崎市)と放牧育成機関のみに使われる羽鳥出張所(福島県岩瀬郡湯本村=現天栄村湯本)・泉出張所(栃木県塩谷郡泉村=現栃木県矢板市)があり、宮城県の南から栃木県の北までの広い範囲で軍馬の育成をしていたことがわかります。厩(馬を飼っておく小屋)は白河支部本部がある小田倉以外に白坂(現白河市しらさかの森スポーツ公園周辺)・一ノ又(現太陽の国管理センター周辺)・芝原(現福島種畜牧場芝原分場周辺)におかれ、牧場は小田倉牧場・真船牧場・那須牧場・高津牧場がありました。軍馬補充部白河支部の最盛期には西郷村の面積の3分の1を軍馬補充部の用地が占めています。また、軍馬補充部で働く人々はほとんど西郷村民であり、明治から昭和初期にかけて西郷村の農林業・牧畜業だけでなく、経済全体に軍馬補充部は影響を与えていました。

また、軍馬補充部白河支部は軍馬補充部支部の中で最も東京に近いため、天皇や皇室の方々が訪れ、昭和天皇も皇太子の時の大正5年(1916)7月12日に訪れ、資料館の入口左 手には今もお手植えの松が残っています。資料館の裏手には馬魂碑があり、軍馬が病 気や事故で死んだ馬の供養のために建てられた碑です。

展示施設の概要

第1展示室 民俗部門 生活衣食住関係

この展示室には昔の人々が着ていた着物や生活に使っていた道具などが展示してあります。例えば今の炊飯器のように米を炊くお釜や、アイロンのように着物のしわを伸ばす火熨斗(ひのし)、電気スタンドのように部屋を明るくする行燈(あんどん)などがあります。

第2展示室 民俗部門 養蚕関係

養蚕とはカイコ(蛾の幼虫)を飼い、マユをつくらせ、そのマユから絹糸をとる仕事です。西郷村では明治時代はじめに養蚕が開始され、大正から昭和にかけて最も多く生産されました。展示室内には蚕座(食桑を入れた丸いざる)や蚕棚、絹糸によりをかける糸車などが展示してあります。

第3展示室 民俗部門 農具その他

この展示室は資料館の中で最も大きい部屋で、米を作ったり、野菜を作ったりするときの道具などを展示してあります。例えば、唐箕(とうみ)やセンバコキなどの稲を刈り取って、米にするまでの道具や俵を作る際に使う、俵編み機などがあります。また、壁にはミノや草履などの民俗資料を展示しています。

第4展示室 考古・歴史部門

ここでは西郷村内の遺跡で見つかった土器や石器、西郷村内に残されている古文書等を展示しています。西郷村内には現在100以上の遺跡があり、縄文時代(今から1万年から2300年前)に煮炊きなどに使われた縄文土器、動物を狩るときに使う弓矢の矢じりに使った石鏃(せきぞく)、クルミなどをつぶして粉にするために使った石皿(いしざら)などを展示しています。

特別展示室 軍馬補充部関係

この展示室には軍馬補充部関係の資料や当時の風景の写真を展示しています。軍馬補充部の資料のほとんどは戦後焼却処分されてしまいましたが、当時軍馬補充部で働いていた方々のご好意で一部の資料が提供され、それらを展示しています。例えば、馬の手入れをするクシや爪切り、馬がいうことを聞かないときに使う「鼻ねじり」などがあります。

shiryokan 2017

担当課:生涯学習課
電話番号:0248-25-2371
ファックス番号:0248-25-2756
お問い合わせはこちら:相談窓口

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